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高松地方裁判所 平成2年(ワ)29号 判決

原告

梶河春義

原告

梶河キミヱ

右両名訴訟代理人弁護士

平井範明

久保和彦

右平井範明選任訴訟復代理人弁護士

白井一郎

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

早川幸延

外八名

主文

一  被告は、原告梶河春義に対し、金四二八二万円及びこれに対する昭和六三年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告梶河キミエに対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和六三年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の、その余を原告らの各負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が原告梶河春義に対し金二〇〇〇万円、原告梶河キミエに対し金一〇〇万円の担保をそれぞれ供するときは、それぞれその原告の右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告梶河春義に対し、金六六六四万二一九八円及びこれに対する昭和六三年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告梶河キミエに対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  診療契約等

(一) 被告は、香川県木田郡三木町大字池戸一七五〇番地一に香川医科大学医学部附属病院(以下「被告病院」という。)を設置経営し、国家公務員たる医師らをして医療活動を行っている。

(二) 原告梶河春義(以下「原告春義」という。)は、昭和六三年七月二五日、被告病院麻酔科において受診し、担当医師小栗顕二(以下「小栗医師」という。)から、左第Ⅱ・Ⅲ頸神経領域の帯状疱疹であるとの診断を受け、入院を指示されたため、被告に対し右疾病の治療を委任して、即日被告病院に入院し、被告はこれを受諾した。

(三) 右治療は、被告病院の医師戸崎洋子(以下「戸崎医師」という。)を主治医とする麻酔科のスタッフにより、カテーテルを硬膜外腔に挿入したまま留置しこれを通して薬液を断続的に注入する持続法による脊椎硬膜外麻酔(持続硬膜外麻酔法)を併用して行われ、治療自体は順調に進み、原告春義は、同年八月一一日退院した。

2  医療事故

(一) 原告春義は、右退院当日に帰宅後夕方から、頸部に異常を感じて苦しく頭痛や発熱もひどくて、居ても立ってもいられない状態となり、それが悪化の一途をたどり、重篤な神経症状も出てきた。

(二) そのため、原告春義は、翌一二日朝、電話により、被告病院麻酔科に右異常症状を訴えて治療を求めたが、応対者から、担当医師の不在を理由に八月一五日まで待つよう指示されたため、それに従うほかなく、同日午前六時ころ被告病院に行って、再入院したが、迅速適切な処置をしてもらえず、その間に症状が更に進行した。

(三) そして、原告春義は、同月一七日夜、前記のとおり持続硬膜外麻酔法を受けた際のカテーテル挿入のための穿刺部位付近である第Ⅰないし第Ⅴ頸椎の間に脊髄硬膜外膿瘍が認められたため、被告病院において、椎弓切除術を施され、膿瘍排除、洗浄、減圧の処置を受けたが、その効果はなく、右膿瘍によって頸髄が損傷されるに至り、引き続き被告病院に入院して治療及びリハビリを受けたけれども、改善せず、体幹及び両下肢の機能全廃(弛緩性麻痺)、胸部以下の感覚脱失・感覚鈍麻、排尿・排便障害、両手握力低下等の後遺障害が残存し、平成元年五月三〇日、その症状が固定して退院した。

3  被告の責任

右膿瘍ないしこれによる頸髄損傷は、被告病院の医師らが前記のとおり持続硬膜外麻酔法を行った際、カテーテル挿入のための穿刺部位やカテーテルの内外から黄色ブドウ球菌が感染したことに起因するものであるところ、これについて同医師らには次のとおり過失があるから、被告は、診療契約上の債務不履行及び不法行為により、原告らの後記各損害を賠償すべき責任がある。

(一) 持続硬膜外麻酔法施行中のカテーテルや皮膚の管理不十分

カテーテルを留置中は、細菌感染により硬膜外膿瘍という深刻な合併症を生じるおそれがあるから、細心の注意を払ってカテーテルや皮膚を管理し、細菌感染を防止すべきであるのに、被告病院では次のとおりその管理が不十分であった。

(1) テガダームの用法の誤り

被告病院では、カテーテル挿入のための穿刺部位からの細菌感染防止策として、テガダームを皮膚に直接貼付し、その上からガーゼを当てていたものであるが、テガダームは通気性、通水性に乏しいこと、原告春義が治療を受けたのは発汗や皮膚の分泌が盛んな夏季であったことからして、テガダームの内側にガーゼを入れるか、より通気性、通水性のあるハンザポアを用いるべきであった。また、テガダームを皮膚に直接貼付するのであれば、その内側を頻繁に点検し、取替え及び皮膚の消毒も頻繁に行い、細菌感染の有無について注意を払うべきであったのに、これを怠っている。

(2) カテーテル留置の長期化に対する配慮の欠如

カテーテルの留置が長期化すると、細菌感染により硬膜外膿瘍という深刻な合併症が生じるおそれが高くなり、発汗や皮膚の分泌が盛んな夏季なら尚更であるのに、被告病院は、原告春義に対し、七月二五日カテーテルを挿入してから八月一一日これを抜去するまで一八日間にもわたり留置を続けていながら、挿入部の点検、消毒、感染の有無についての十分な観察、注意を払わず、八月六日及び七日には挿入部位が露出したのに、これを放置していた。

(3) 入浴や外出についての管理の不十分

カテーテル留置中の患者に対して入浴・外出を許可するときは、患者に対し細菌感染の可能性、感染した場合の重大な結果について注意を喚起し、入浴・外出後には、問診、挿入部位点検、消毒をし、感染した可能性が少しでもあれば、その経過を厳重に監視することが必要であるところ、被告病院は、原告春義について、そのような配慮をした形跡すらなく、特に、八月五日及び六日には、朝から夕方まで長時間の外出を許可して、炎天下で屋外作業や自動車運転をさせる結果を招き、細菌感染の危険を生じさせている。

(4) カテーテル挿入部位の露出後の管理の不十分

被告病院は、原告春義が、長時間外出した後の八月六日及び七日、カテーテルの挿入部位が露出したままで同部位から細菌が感染する蓋然性が極めて高い状態になっていたから、入念な消毒、カテーテルの抜去と被覆、その後の細心の経過観察と外出禁止、感染のないことを確認した上での再挿入等の処置をすべきであったのに、一応の消毒はしたものの、経過観察等をせず、外出も禁止しなかった。

(5) カテーテル抜去時の処置の不適切

被告病院は、八月一一日、原告春義の退院時にカテーテルを抜去した際、カテーテル先端の内腔に不透明膿様の物質があることを認めたが、これは膿瘍の発症を疑うべき所見であるから、引き続き入院させた上、緊急に右物質の培養検査を行い、厳重な経過観察をすべきであったのに、漫然と退院させた。

(二) 硬膜外膿瘍発症後の処置の不十分

被告病院は、前記のとおり、八月一二日、原告春義から電話で異常症状を訴えられており、これと右のとおり退院時に不透明膿様の物質を認めていたことを合わせれば、膿瘍の発症が疑われたのであるから、速やかに対応処置をとるべきであったのに、これを怠った。また、被告病院は、八月一五日の再入院時の血液検査の結果、原告春義に白血球の増大やCRPの異常値、高熱や局部の疼痛の症状が認められたのであるから、脊髄硬膜外膿瘍の確定診断が可能であったのに、八月一七日原告春義に意識障害が発生するに至ってようやく膿瘍を疑う診断をしたものであって、これに対する適切有効な対応ができなかった。

4  損害

(一) 原告春義の損害

(1) 治療費

原告春義は、治療費として金三二万四〇〇〇円(健康保険の自己負担分から高額医療費還付分を控除したもの。)の支出を余儀なくされた。

(2) 休業損害

原告春義は、本件事故当時、長男俊則とともにブロック工事請負業に従事していた。これによる原告春義の収入は、当時のブロック組積職人の日当が金一万二〇〇〇円を下らなかったこと、月間就労日数が約二二日であったことからして、年間三一六万八〇〇〇円を下らなかった。したがって、原告春義の休業損害は、前記異常症状が発生した日の翌日である昭和六三年八月一二日から後遺障害の症状が固定した日である平成元年五月三〇日までの二九二日間に右年収の日割額を乗じた金二五三万四四〇〇円となる。

(3) 傷害慰謝料

人生に絶望を感じるほどの重傷であること、入院期間が約一〇か月であることなどの事情からして、金三〇〇万円が相当である。

(4) 逸失利益

原告春義は、後遺障害の症状が固定した当時六六歳であり、同年齢者の平均余命が15.38年であることからして、少なくともなお七年間は就労し、前記年収額を下らない収入を得たはずであるが、本件事故により労働能力を全く喪失したため、その収入を得られなくなった。したがって、原告春義の逸失利益の現価は、316万8000円×5.8743(七年のホフマン係数)の計算式により、金一八六〇万九七八二円となる。

(5) 後遺障害慰謝料

金二〇〇〇万円が相当である。

(6)将来の介護費

原告春義は介護を受けなければ生活できず、要介護期間は後遺障害の症状が固定した時から一五年(平均余命)を下らない。その介護には妻である原告梶河キミエ(以下「原告キミエ」という。)が当たらざるを得ず、その負担は半日労働に相当するところ、原告キミエは右症状固定当時六一歳であって、その労働力は昭和六二年の賃金センサスにおける六〇歳ないし六四歳の女子労働者の年間平均賃金である二五八万一六〇〇円を下らないものと評価すべきである。したがって、原告春義の将来の介護費の現価は、258万1600円×0.5×10.9808(一五年のホフマン係数)の計算式により、金一四一七万四〇一六円となる。

(7) 住宅改造費等

原告春義は、自宅で生活するにつき、特別の処置と車椅子の利用を余儀なくされ、そのために風呂場、便所、廊下、玄関出入口等の改造を必要とし、その費用として金二〇〇万円を要する。

(8) 弁護士費用

原告春義は、その訴訟代理人らに本件訴訟の提起追行を委任し、原告キミエの分も含めて相当額の報酬の支払を約しているところ、その報酬のうち金六〇〇万円は本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。

(二) 原告キミエの損害(慰謝料)

本件事故により原告春義が受けた傷害と後遣障害は死亡にも匹敵する重大なものである。原告キミエは、原告春義の妻であって、右後遺障害等により長期間にわたり堪え難い精神的苦痛を強いられているところ、これに対する慰謝料としては、金三〇〇万円が相当である。

5  本訴請求

よって、被告に対し、債務不履行及び不法行為に基づき、原告春義は、前記4(一)(1)ないし(8)の損害合計金六六六四万二一九八円及びこれに対する前記異常症状が発生した日の翌日である昭和六三年八月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告キミエは、前記4(二)の慰謝料金三〇〇万円及びこれに対する右同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は争う。

(二)  同2(二)の事実のうち、原告春義が八月一二日に被告病院麻酔科に電話をしたこと、同月一五日に被告病院に来診し再入院したことは認め、その余は争う。右電話の内容は頸部の痛みを訴えるものであったが、担当医師が不在であったため、病棟婦長が、戸崎医師の出張先に電話連絡し、同医師の指示により、原告春義に対し、近医の治療を受けるよう伝えた。

(三)  同2(三)の事実のうち、原告春義に脊髄硬膜外膿瘍が認められたこと(それが発見されたのが八月一七日夜になってからであるとの点を除く。)、被告病院において、原告春義に椎弓切除術を施し、膿瘍排除、洗浄、減圧を行ったこと、原告春義が平成元年五月三〇日まで被告病院に入院して治療及びリハビリを継続していたことは認め、その余は争う。

3  同3の事実は争う。

4  同4の事実は争う。

三  被告の主張

1  脊髄硬膜外膿瘍の感染原因について

(一) 脊髄硬膜外膿瘍とは、脊髄硬膜外腔に生じた膿瘍(組織や臓器に起こった化膿性炎の結果、限局性に好中球―好中白血球ともいい、中性色素に染まる特殊顆粒球で、抹消血中の白血球のうちもっとも数が多い―を主とした滲出物の蓄積が起こった状態)のことである。

その原因としては、硬膜外麻酔法などの麻酔やその他の治療行為に伴う細菌感染によるものと自然発生的なものとがある。このうち、治療行為に伴うものは従来から稀であるとされており、特に、硬膜外麻酔法の場合は、注入する局所麻酔薬自体に抗菌作用があるため、硬膜外麻酔法施行に伴う細菌感染を一定限度ではあるが、防いでいるという面がある。他方、自然発生的な硬膜外膿瘍の発生原因としては、遠隔組織の一次感染巣からの血行性転移によるとの見解と、周囲組織からの起炎菌の直接波及によるとの見解があるが、前者が有力であり、それによれば、脊髄硬膜外腔には硬膜外静脈叢が発達しており、この静脈叢は躯幹の静脈系と交通しており、更に脊髄硬膜外腔は脂肪組織を多く含んでいるため、血行性転移による細菌感染が生じやすい、と説明されている。

(二) 原告春義は、脊髄硬膜外膿瘍の発症前に持続硬膜外麻酔法による帯状庖疹の治療を受けていることからして、持続硬膜外麻酔法に伴う感染により右膿瘍が生じた可能性を完全に否定し去ることはできない。

しかし、原告春義には、持続硬膜外麻酔法施行後の八月二日、左側頸部に毛嚢炎(毛根を鞘状に取り囲んでいる組織である毛包の炎症)が発見されていること、毛嚢炎の原因は黄色ブドウ球菌又は表皮ブドウ球菌の感染であること、原告春義の脊髄硬膜外腔に挿入されたカテーテルの先端部から黄色ブドウ球菌が検出されていることからすれば、毛嚢炎から黄色ブドウ球菌が脊髄硬膜外腔に血行性転移した可能性も十分考えられる。

また、黄色ブドウ球菌がヒトの皮膚などをはじめ自然界に広く分布している菌であり、かつ、原告春義が帯状疱疹の患者であり、免疫力が低下していたと考えられることからすれば、原告春義に毛嚢炎以外にも何らかの黄色ブドウ球菌の感染巣があり、そこから脊髄硬膜外腔に血行性転移した可能性も否定できない。

したがって、原告春義の脊髄硬膜外膿瘍が、持続硬膜外麻酔法による穿刺部位からの細菌感染によって生じたものであるか否かの特定は不可能である。

2  カテーテル留置中の挿入部位からの汚染を防ぐための処置について

(一) テガダームの使用

(1) イソジンにより表皮を消毒すれば、黄色ブドウ球菌のような外部との接触によって表皮に付着しているにすぎない細菌はほぼ完全に殺菌することができ、皮膚に常在している細菌も概ね殺菌することができる(皮膚常在菌の場合には、いくら消毒しても完全に殺菌してしまうことは不可能であるから、消毒効果の保持力が長いイソジンゲルを塗布することによって、表皮の継続的な殺菌を行っている。)。そして、消毒された表皮をテガダームで覆ってしまえば、細菌を通さないテガダームは、外部からの細菌の侵入を遮断するとともに、皮膚に塗布したイソジンゲルを保持することとなるので、皮膚は、当初のイソジンによる殺菌と塗布されたイソジンゲルによる継続的な殺菌によって、ほぼ無菌状態を保つことができる。したがって、テガダームで皮膚を完全に覆うからこそ、カテーテル穿刺部位からの細菌感染を防止することが可能となる。もっとも、そうはいっても限界があるので、定期的にテガダームを剥がしてカテーテル穿刺部位等を消毒し直すことは必要であり、被告病院ではこれを励行している。

ハンザポアは、テガダームに比べて外部からの細菌の侵入を防止する機能に乏しく、通水性もあるため、皮膚の無菌状態を保ったり皮膚に塗布した消毒薬を保持することが困難であるといえる。もっとも、ハンザポアを使用すること自体が不適切というわけではなく、これを使用する場合には、頻回にハンザポアを剥がして、カテーテル穿刺部位等の消毒を繰り返す必要があり、そうすれば全く問題はない。ただし、患者が外出などして長時間にわたって医師の監視外に置かれるような場合には、頻回の消毒を要することからして、ハンザポアの使用は、あまり適当ではないと考えられる。

(2) テガダームは、通水性はない(そのため外部からの細菌の侵入を防ぐことができる。)ものの、酸素や水蒸気の通気性に優れている。したがって、通常の発汗程度では、テガダームを通して蒸発してしまうため、貯留するなどということはない。

もっとも、激しい発汗があった場合は、蒸発が発汗に追いつかず、テガダームと皮膚の間に汗や皮脂が貯留することはある。しかし、汗や皮脂が貯留してくると、テガダームの粘着性が低下するので、貯留した汗や皮脂の圧力が高くなる前に、汗や皮脂の貯留部分から次第にテガダームが剥がれていき、汗や皮脂がテガダームと皮膚との間に閉じ込められたままの状態でその圧力が高くなるなどという状態は考えにくい。

むしろ、激しい発汗があった場合には、テガダームを使用しているかハンザポアを使用しているかにかかわらず、感染の危険性が高まるのであって、激しい発汗を防止する対策を講じることが肝要となると思われる。

(3) テガダームの上を滅菌ガーゼで覆うのは、テガダームが衣服等と接触することによって剥がれたり、損傷したりするのを防止するためである。すなわち、前記のとおり、テガダームを貼付することによって、外部からの細菌の侵入を遮断するとともに、皮膚に塗布した消毒薬を保持することができるが、テガダームが剥がれたり、損傷したりすると、外部からの細菌の侵入を許し、皮膚に塗布した消毒薬も保持できなくなって、テガダームを使用している意味がなくなってしまうから、テガダームが剥がれたり、損傷したりすることを防止するため、上から滅菌ガーゼで覆うのである。

(二) 皮膚の管理

(1) テガダームを貼付する以前に十分な消毒を行っても完全に細菌を消毒できるものではない。このことは、被告病院においても、十分認識し、細菌の感染がないようカテーテル留置中の汚染防止に十分な注意を払ってきた。そして、このような細心の注意を払ってきたからこそ、約一二年間、被告病院で行ってきた二〇〇〇ないし三〇〇〇件の持続硬膜外麻酔において、脊髄硬膜外膿瘍は起こらなかったのであるし、被告病院においても、カテーテルからの感染の可能性があることを認識していたからこそ、カテーテルの抜去後、培養試験を実施していたのである。

(2) 原告春義に対しては、主治医であった戸崎医師が、毎日ではないけれども、固定している絆創膏(テガダームを含む。)を剥がして消毒し直して新しく固定し、カテーテル挿入部位を観察するという処置を行っていた。

(3) 原告春義は、入院中の昭和六三年七月二九日、同年八月六日及び同月七日に外出を許可されているが、その際、小栗医師及び戸崎医師は、原告春義に対し、発汗によりカテーテルを覆っているテガダーム等が剥がれることから、激しい動きはしないように、また、入浴はしないようにと注意した。右外出を許可したのは、原告春義が、生活がかかっているなどと言って許可を求め、仕事の監督をするだけであって激しい動きはしない旨約束したし、絶対安静を要するわけでもなく外出を許さない理由がなかったからである。そして、外出から帰院した際には、戸崎医師が、必ず、カテーテル挿入部位を消毒していた。

(4) 昭和六三年八月六日午前七時ころ、看護婦岡久美子(旧姓大川)は、原告春義のカテーテル挿入部位に貼付されていたテガダームやガーゼが剥がれているのに気付き、イソジンで挿入部位を消毒し、テガダームを貼付した上にガーゼを覆い、外出することになっていた原告春義に「外出中に仕事はしないように」と注意し、右のとおり剥がれていたことを戸崎医師に報告した。また、看護婦高橋由起は、同日午後五時ころ、原告春義が外出先から帰院した際、テガダームが剥がれていたので、右同様に処置及び報告をした。報告を受けた戸崎医師は、挿入部位を確認したところ、カテーテル挿入による異物反応の症状である発赤など、特段の異常は認められず、カテーテルについては、挿入位置にずれがなかったことから、抜去・再挿入はしなかった。この戸崎医師の処置は、医師としての裁量判断によるものであり、当時の医学水準からして、相当性を欠くとはいえない。

(三) カテーテル抜去時の処置

戸崎医師は、原告春義の退院時にカテーテルを抜去した際、その先端に付着した物質から、カルテに「内腔に不透明膿様物質を見る」と記載したが、これは、透明でない、白っぽいものがカテーテルの先端に少しあったことを意味するものであって、決して膿である可能性の高いと認められるものがカテーテルの先端にあったわけではない。また、カテーテル挿入部位に貼付されていたテガダームが剥がれていたことはあるものの、カテーテルの外側から感染したとすれば当然認められるはずの挿入部位の発赤等は認められなかった。これらの事情と前記のとおり挿入部位の消毒等が適切に行われていたことを合わせると、右退院の時点で膿瘍の発症を疑うべき所見があったということは困難である。

(四) 再入院当初の診断

昭和六三年八月一五日原告春義から採取した髄液等の検査結果では、グルコース、蛋白量、細胞数の数値が高くなるなど、髄膜炎の症状を示しており、また、原告春義は、帯状疱疹の治療を受けていたことから、帯状疱疹ウイルスによる脳炎又は髄膜炎を起こした可能性もあり、加えて、原告春義には、脊髄硬膜外膿瘍の症状とは関係しない精神症状があったことから、右検査の時点においても、脊髄硬膜外膿瘍であるとの確定診断はできなかったというべきである。

四  被告の主張に対する認否

いずれも争う。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一  診療契約等

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  医療事故

1  脊髄硬膜外膿瘍の発症及び後遺障害

証拠(甲五の一ないし三、甲六、乙一二ないし一四、乙二一、乙二八の一ないし四、乙二九ないし三二、乙三四ないし三六の各一ないし三、乙三七ないし三九、乙四〇の一ないし五、乙四一の一ないし三、乙五八・五九、証人小栗、同戸崎、同岡、同高橋、同梶河俊則、原告春義、原告キミエ(第一・二回)、弁論の全趣旨)によれば、次の事実(争いのない事実を含む。)が認められる。

(一)(1)  原告春義は、前記のとおり帯状疱疹の治療のため被告病院に入院中、医師の許可を受けて、七月二九日、八月五日、六日及び七日に外出した。七月二九日は、午後二時三〇分ころ病院を出て、特に仕事はせず自宅で過ごし、午後八時ころ帰院した。八月五日は、午前八時ころ病院を出て、自動車を運転して長男俊則が従事していたブロック工事の現場に行き、午前九時ころから午後四時ころまで、俊則が積み上げたブロックの目地仕上げをしたり、モルタルを練るための水を用意するなどして、工事を手伝い、午後六時ころ帰院した。六日は、午前八時ころ病院を出て、再び自動車で現場に行き、右同様に手伝い、午後五時ころ帰院した。七日は、午前七時ころ病院を出て、自宅で過ごし、午後五時三〇分ころ帰院した。

(2) 八月六日、外出前の午前七時ころ、担当看護婦岡久美子(旧姓大川)は、原告春義のカテーテル挿入部位に貼付されていたテガダームやガーゼが剥がれて同部位が露出しているのを見つけ、同部位をイソジンで消毒するなどの処置をした。また、同日、帰院直後、担当看護婦高橋由起は、右同様に原告春義のカテーテル挿入部位が露出しているのを見つけ、同様に消毒などの処置をした。右のとおりテガダームが剥がれたのは、原告春義が夏季にブロック工事に従事したことにより、激しく発汗して、テガダームと皮膚の間に汗や皮脂が貯留したためであるというほかない。

(3) 戸崎医師は、八月一一日、原告春義の退院時にカテーテルを抜去した際、その先端の内腔に不透明膿様の物質があることを認め、これを培養検査に回すこととしたが、その検査は学術的な研究のため持続硬膜外麻酔を行ったほぼ全例につき日常的に行っているものであるとして、緊急扱いとはしなかった。そして、後記のとおり原告春義が再入院した八月一五日夕刻、検査の結果、右カテーテルの先端から黄色ブドウ球菌(一+)が検出されたことが判明した。

(二)  原告春義は、八月一一日昼過ぎに被告病院を退院し、間もなく帰宅したが、同日夕刻から頸部が痛むなどの異常症状が発症し、夜中過ぎには痛みがひどくなり発熱もあって、ほとんど寝つかれなかったため、たまり兼ねて、翌一二日朝、電話により、被告病院麻酔科に右異常症状を訴えて治療を求めた。これに対し、被告病院側は、担当医師が不在であるから応じられないと答え、更に、病棟婦長が、戸崎医師の出張先に電話連絡し、同医師の指示により、原告春義に対し、近医の治療を受けてほしい旨及び八月一五日には戸崎医師が出勤する旨を伝えた。そのため、原告春義は、同月一二日から一四日まで近所の軒原医院に通院し、医師軒原進の治療を受けたが、項部痛、頭痛がひどく、体温は三九度を越えており、同医師は、取り敢えずの処置として、投薬等を続けた上、できるだけ早く被告病院で治療を受けるよう原告春義に指示した。

(三)  原告春義は、八月一五日午前六時ころ被告病院に行き、七時四五分ころ戸崎医師の診察を受けた。同医師は、原告春義の項部に硬直と疼痛を認め、午前八時一〇分ころ右肩甲上神経ブロックを実施するとともに、一般血液検査等の緊急検査を行った。この検査の結果、白血球、血糖値等の数値に異常がみられた。そして、小栗医師も原告春義を診察し、同医師及び戸崎医師は、原告春義の症状について、脳脊髄膜炎を疑い、脳脊髄液検査を行うとともに、原告春義に入院を勧め、原告春義はこれに従った。この検査の結果、脳脊髄液は無色透明であったが、蛋白、ブドウ糖及び細胞数に増加が認められ、原告春義に時々おかしな応答があり、頸部硬直、下肢腱反射亢進症状がみられた。そこで、小栗医師と戸崎医師は、原告春義の症状を脳脊髄膜炎と診断し、抗生物質及び消炎鎮痛剤による治療を開始した。

(四)  しかし、原告春義の症状は改善せず、八月一六日には会話の内容も時々おかしくなり、また、失禁があり、数日来排便がないとのことで、膀胱直腸障害も出現してきた。そこで、麻酔科から第三内科の竹内医師に原告春義の診察を依頼したところ、ウイルス性又は細菌性の脳脊髄膜炎の疑いがあるとのことであったから、小栗医師らは、内科共観として、原告春義を第三内科病棟に転棟させることとした。原告春義は、同日午後から両前腕の痺れ感を生じ、夕刻からは下肢筋力の低下がみられた。

(五)  原告春義は、八月一七日午前、麻痺の状況が急速に進行して、両下肢完全麻痺、膀胱直腸障害を呈し、上肢の運動麻痺(筋力、知覚)の程度も憎悪して上方へと広がった。そのため、第三内科と麻酔科では、脊髄圧迫病変の疑いをもち、整形外科の岡田医師に病状を伝え、同医師の指示により、同日午後四時一〇分ころ、原告春義の頭部及び頸部のコンピューター断層撮影(CT)を実施した上、同医師の診察を受けたところ、同医師は、上位頸椎を中心とした硬膜外膿瘍に伴う圧迫性頸髄病変による四肢麻痺と診断した。そして、椎弓切除による除圧術を施すことが必要となり、午後一〇時二五分ころ、同医師を執刀医として、緊急に手術を行い、第Ⅰ頸椎から第Ⅳ頸椎の全椎弓と第Ⅴ頸椎の部分椎弓の切除を行い、洗浄等を経て、翌一八日午前一時四〇分ころに手術は終了した。右膿瘍の発症部位と持続硬膜外麻酔の際のカテーテル挿入部位は一致しており、また、右手術後、摘出した膿を検査したところ、黄色ブドウ球菌(三+)が検出された。

(六)  原告春義は、引き続き被告病院に入院して治療及び基礎リハビリを受けたが、基本的症状の改善はなく、両下肢の弛緩性麻痺、排尿・排便障害などの後遺障害を残し、日常生活につき他人の介護を必要とし就労不能の状態となり、平成元年五月三〇日症状が固定して退院した。

2  硬膜外膿瘍の感染経路

(一)  証拠(鑑定人村上、証人村上、証人小栗、弁論の全趣旨)によれば、原告春義が発症した硬膜外膿瘍の感染経路として考えられるのは、結局、カテーテル留置中の挿入部位からの感染と血行感染(血行性転移)のいずれかであることが認められる。

(二)  そこで検討するに、被告は、原告春義には、帯状疱疹治療のための入院中に毛嚢炎が発見されており、また、それ以外の感染巣があったとも考えられるので、これらから黄色ブドウ球菌が脊髄硬膜外腔に血行性転移した可能性もあるから、カテーテル留置中の挿入部位からの感染であると特定することはできない旨主張するが、右の証拠その他関係証拠に徴すると、毛嚢炎については、起炎菌も含めてその詳細は明らかでなく、また、原告春義には、右入院中、原発感染巣を疑わせるような発熱などの症状は発生しておらず、更に、血行性転移の場合には、白血球が増加するのが通常であるところ、原告春義の退院前日の八月一〇日に採取された血液検査(乙一九)での白血球数は、入院当初の七月二六日のそれ(乙一五)に比べてむしろ減少していることなどの事情が認められるので、血行感染(血行性転移)の可能性は低いといわざるを得ない。

(三)  そして、右(一)の事実、(二)の事情、前記認定の硬膜外膿瘍発症の経緯、特に、八月一一日、戸崎医師がカテーテルを抜去した際、その先端の内腔に不透明膿様の物質が付着していたこと、その培養検査の結果、黄色ブドウ球菌が検出されており、それが原告春義の硬膜外膿瘍の起炎菌と一致すること、カテーテルの挿入部位と原告春義の硬膜外膿瘍の発症部位が一致していることなどの事情及び鑑定人村上の鑑定結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告春義の硬膜外膿瘍は、カテーテル挿入部位付近に付着した黄色ブドウ球菌が同部位から感染して発症したものと推認するのが相当である(この点につき、被告は、八月一一日、戸崎医師がカテーテルを抜去した際、その挿入部位に異物反応の症状である発赤を認めなかったことをもって、挿入部位からの感染の可能性を否定するが、証人戸崎の証言によれば、挿入部位に何らの反応がなかったのではなく、通常の異物反応以上のものがなかったと判断したというにすぎないことが認められる。のみならず、戸崎医師は、カテーテルを抜去した際、その先端の内腔に不透明膿様の物質が付着しているのを認めたにもかかわらず、挿入部位からの細菌侵入の可能性について特段の意を払った形跡が認められないことからすると、戸崎医師において、異物反応の症状である発赤を、カテーテル挿入による通常の異物反応にすぎないものとして、見過ごした可能性も否定できない。)。

三  被告の責任

1 証拠(鑑定人村上、証人村上、証人小栗、弁論の全趣旨)によれば、医師は、人の体内に持続的にカテーテルを留置する場合には、その挿入部位の皮膚管理を厳重にすべきであって、特に夏季においては挿入部位の消毒を頻回に実施して、カテーテルの汚染防止に努めるべきであり、患者が外出などして長時間にわたって医師の監視外に置かれるようなときも同様であることが認められる。

2 そこで、右証拠その他の関係証拠に照らして検討するに、前記二で認定した事実からすると、原告春義は、カテーテル留置時にその挿入部位付近に付着した黄色ブドウ球菌が同部位から感染したことによって、硬膜外膿瘍を発症し、これに伴う頸髄病変によって、前記後遺障害が残存するに至ったものと認められるところ、①前記認定の硬膜外膿瘍発症の経緯、特に、八月五日及び六日、原告春義が外出した際に、カテーテル挿入部位のテガダームやガーゼが剥がれてカテーテルが露出し、挿入部位から細菌が侵入する危険性が高い状態に置かれていたこと、②硬膜外膿瘍の発症時期については、一般に、汚染からおおよそ三、四日位で、局所の発赤や痛み、発熱といった一期症状が始まるとされていること、③被告病院側の原告春義に対する外出時の注意が厳重であったとは認め難いこと、④露出時における被告病院側の細菌汚染防止のための配慮が十分であったとは認め難いことなどに徴し、右感染は、被告病院側が原告春義に対し皮膚管理を十分にしなかった過失に起因するものと推認できるというべきである。

3  したがって、被告は、不法行為に基づき、原告らが被った後記各損害を賠償すべき責任がある。

四  損害

1  原告春義の損害

(一)  治療費

前記認定のとおり、原告春義は、本件医療事故により、昭和六三年八月一二日から一四日まで軒原医院に通院し、同月一五日から平成元年五月三〇日まで被告病院に入院している。この事実と弁論の全趣旨によれば、原告春義は、その主張のとおり、治療費として金三二万四〇〇〇円の支出を余儀なくされたものと推認できる。

(二)  休業損害

証拠(甲七ないし九号、原告キミエ(第二回))によれば、原告春義は、本件医療事故当時、長男俊則とともにブロック工事請負業に従事していたこと、当時のブロック組積職人の日当は金一万二〇〇〇円を下らず、月間就労日数は年平均で最低約二二日はあり、年収は金三一六万八〇〇〇円を下らなかったことが認められるから、原告春義は、本件医療事故発生の日の翌日である昭和六三年八月一二日から症状固定の日である平成元年五月三〇日までの二九二日間に右年収の日割額を乗じた金二五三万四四〇〇円の休業損害を被ったというべきである。

(三)  逸失利益

前記認定のとおり、原告春義は、後遺障害により労働能力を全く喪失したというべきである。そして、証拠(甲七ないし九号、原告春義、原告キミエ(第二回))によれば、原告春義は、前記症状固定当時六六歳であって、同年齢者の平均余命が15.38年であることに徴し、なお七年(本件医療事故発生時からは八年となる。)は就労し、前記年収額を下らない収入を得たはずであると推認できる。したがって、原告春義の逸失利益の本件医療事故発生時の現価は、316万8000円×5.6363(8年のホフマン係数6.5886から一年の同係数0.9523を控除したもの)の計算式により、金一七八五万五七九八円となる。

(四)  将来の介護費

前記認定のとおり、原告春義は、後遺障害のため、日常生活につき介護を必要とする状態になっており、証拠(原告春義、原告キミエ(第二回))によれば、前記症状固定後、訓練と努力によりある程度の動作はできるようになってはいるものの、日常生活のかなりな場面で介護を必要としており、妻である原告キミエ(前記症状固定当時六一歳)の介護を受けていることが認められる。右介護は、前記症状固定時から平均余命である一五年(本件医療事故発生時からは一六年となる。)にわたって必要であり、その費用は、一年につき、昭和六二年の賃金センサスにおける六〇歳ないし六四歳の女子労働者の年間平均賃金のほぼ半額である一二七万七五〇〇円(一日につき三五〇〇円)を下らないと認めるのが相当である。したがって、原告春義の将来の介護費の本件医療事故発生時の現価は、127万7500円×10.584円(16年のホフマン係数11.5363から一年の同係数0.9523を控除したもの)の計算式により、金一三五二万一〇六〇円となる。

(五)  住宅改造費等

証拠(一〇号証の一・二、原告キミエ(第二回))によれば、原告春義は、前記後遺障害のため、自宅での生活の安全等を期すべく、納屋の一部を居間とし、便器を取り替え、風呂場、便所、居間に手すりを取り付けるなどした上、代金二九万九七九〇円で身体障害者用電動車椅子を購入したことが認められる。これらの費用の総額は証拠上明らかではないが、電動車椅子の代金と右取替えなどの事実からして、五〇万円程度と認めるのが相当である。それを越える額の費用を要したことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

(六)  過失相殺

証拠(証人戸崎、原告キミエ(第一回)、弁論の全趣旨)によれば、被告病院側は、原告春義に対し、外出時には動き回って汗をかかないようにと、一応の注意をしていること、原告春義は、カテーテルが挿入されテガダーム等が貼付されているのを認識し、被告病院側から注意を受けてもいながら、ブロック工事の進捗を気にして工事現場に行き、工事を手伝って多量の汗をかき、テガダーム等が剥がれたにもかかわらず、これをそのまま放置していたことが認められる。この事実と前記認定の硬膜外膿瘍発症の経緯を合わせると、原告春義は、皮膚衛生上の自己管理を怠っており、それが硬膜外膿瘍発症の一因となっていることは否定できないから、このことを過失として斟酌するのが公平である。そこで、本件に現れた諸般の事情を考慮して、右(一)ないし(五)の損害合計金三四七三万五二五八円につき約三〇パーセントの過失相殺をし、賠償を求め得る額を金二四三二万円と定める。

(七)  慰謝料

原告春義が硬膜外膿瘍の発症及び後遺障害の残存により精神的、肉体的苦痛を受けたことは想像に難くないが、原告春義の過失を含む本件に現れた一切の事情を斟酌すると、右苦痛に対する慰謝料は、金一五〇〇万円をもって相当と認める。

(八)  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告春義はその訴訟代理人らに本件訴訟の提起追行を委任し、相当額の報酬の支払を約していることが認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額、その他諸般の事情を考慮すると、本件医療事故による損害として被告に負担させるべき弁護士費用の額は、金三五〇万円が相当である。

2  原告キミエの損害(慰謝料)

原告春義の硬膜外膿瘍の発症及び後遺障害の残存は、その内容及び程度からして、死亡にも匹敵する重大なものであり、原告キミエが、原告春義の妻として右後遺障害等により精神的苦痛を受けたことは想像に難くないが、原告春義の過失を含む本件に現れた一切の事情を斟酌すると、右苦痛に対する慰謝料は、金二〇〇万円をもって相当と認める。

五  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、原告春義が金四二八二万円及びこれに対する昭和六三年八月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告キミエが金二〇〇万円及びこれに対する同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言及び仮執行免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山脇正道 裁判官佐藤正信 裁判官和食俊朗は、転勤のため、署名押印することができない。裁判長裁判官山脇正道)

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